東京ドーム

 近頃、東京ドームが騒がしい。夜の帳が降りる頃、大都会の喧燥の申から忽然とそれは姿を現わす。ワープロに向かいつつ事務所の窓越しに通りを見下ろせば、多くの若者がアリの行列のごとく。この白亜の殿堂に吸い込まれていく。
 大都会東京。そこには世界の果てから。五感をくすぐる万物が去来する。人々にまつわりつく情報は、もはや人間の知覚の限界を越え、それは記号と化していく。巷には。暗号解読の書が氾濫し、若者は同じ波長に身を委ね。やがて一極に収斂していく。
 もし、彼らが東奔西走の時勢に退屈を感じ。暖衣飽食の空間に虚無を見抜いているとすれば、若者には、義憤と大志をもって都会の間隙を走り抜けてもらいたいと、怒りを覚える感性と望みを託す勇気を失わないで欲しいと、願わずにはいられない。
 東京ドームの中で、ローリング・ストーンズは“I can’t get no satisfaction.”と叫んでいった。今夜は、“The long and winding road that leads to your door will never disappear.”とP・マッカートニーが歌っている。

(『JANICnews』No.6、1990年4月1日)

<ひとこと>
 ザ・ビートルズ(The Beatles)の元メンバーのポール・マッカートニーの来日公演は1975年と1980年に予定されたが、それぞれ査証問題や本人の強制退去により中止となった。待望の来日公演(Get Back Tour In Japanが実現したのは1990年3月だった。ザ・ローリング・ストーンズの来日公演も1973年に予定されたが「幻の武道館公演」となった。奇しくも英国が生んだ両スーパー・バンドの初来日公演が相次いで実現した当時、勤務していたNGO活動推進センター(JANIC)の事務所は、春日通りを挟んで東京ドームの反対側にあったビルの一角にあり、東京ドームから観客の歓声が波動となって伝わってきていた。