1)卒業論文/修士論文について
学部生や研究科生には、卒業や修了の要件として、卒業論文や修士論文の提出が求められ、合否の判定を受けることになります。もし「合」の判定を受けられない場合、すなわち、卒業論文や修士論文としての一定の基準に達していないと判断されれば、卒業や修了が認められないことになります。卒業論文や修士論文とは、「研究論文(学術論文・学位論文)」(以下、「論文」)の一種であり、そこには満たすべき一定の基準が求められますので、その基準がどのようなものであるのかについて、理解しておく必要があります。その基準には、大きく分けて2つあります。
ひとつは「論文」の「内容」に関するものであり、もうひとつは「論文」の「形式」に関するものです。「論文」と言えば、そのテーマや記述されている中身が重視されると考えるのではないでしょうか。もちろん「論文」では、テーマや内容も重要ですが、その「形式」もまた重要であることにも留意して下さい。
ただし、「論文」の「内容」や「形式」については、いわゆる人文科学、社会科学、そして自然科学といった学問領域をはじめ、政治学や経済学、社会学や教育学といった専門分野、あるいは各関連学会やゼミの指導教員によっても、その基準や要領が異なる場合が少なくありません。そのため、以下の説明は本研究室の “ローカルルール” であることを了解してください。
しかし、その大半は学部生が執筆する卒業論文に共通するルールやマナーでもあると思いますので、本研究室に所属しない学生の皆さんの参考にもなれば幸いです。なお、修士論文や博士論文など、より学術性の高い論文を執筆する場合には、関連学会が発行する学会誌の「執筆要領」や指導教員のご指導などを優先してください。
2)そもそも「論文」とは
本題に入る前に、「論文とは何か」について確認しておきましょう。ただし、「論文とは何か」について説明を始めると、1冊の本にもなりかねないので、ここでは簡潔に述べるにとどめておきましょう。たとえば50字程度で説明するとすれば、「論文」とは「筆者の主張や疑問を『問い』の形で提示し、結論を客観的かつ論理的に導き出している一定の文字数のある文章」であるといえるでしょう。ここで重要なことは「客観的かつ論理的に」という点です。
「客観的に」とは「客観的な根拠やデータに基づいて」ということです。すなわち、自分が主張したいことや解明したいことを、歴史的な事実や当事者の証言、調査や実験によるデータ、信頼できる統計資料、あるいは、その研究分野で積み重ねられてきた学術的な研究成果(これを「先行研究」といいます)などを根拠にしながら、議論を展開するということです。さらに言い換えれば、「私はこう思うから」とか「自分はこう考えたから」という主観的な思考や感情、判断や推測などに基づいた文章ではないということです。筆者自身の経験や感想などを根拠とした文章には日記や感想文などがありますが、これらの文章では、主語が「わたし」という一人称になります。しかし、「論文」では客観的な記述や議論が求められますので、例外を除いて、「わたし」を主語とする文は基本的には書かないと考えてください。
もうひとつの「論理的に」とは、「議論の筋道を立てて」ということです。具体的に言えば、筆者である自分が「主張したいこと」や「解明したいこと」に関する「問い」を立てて、それを上記の客観的なデータや学術的な根拠に基づいて検証または立証を行い、その「問い」に対する「答え」を「結論」として導き出すということです。
「論文」とは、「問い-答え」という基本的な形式や構造を持った文章なのです。
3)「論文」の「長さ」について
本研究室のゼミ生から、「卒論はどの程度の文字数を書けばよいでしょうか?」という素朴な質問を受けることがあります。おそらく、「論文」の「長さ」が気になる人は少なくないのでしょう。上記2)で「論文とは・・・一定の文字数のある文章である」と書きましたが、では、具体的にどのくらいの「文字数」が「論文」には必要なのでしょうか。この「文字数」も「論文の形式」のひとつであり、必要な「文字数」を満たさなければ、「論文」としての基準も満たさないことになります。
しかし、「文字数」については心配する必要はありません。なぜなら、「論文」の文字数は予め指定されているからです。たとえば、宇都宮大学の国際学部の場合、「原稿用紙(400字詰め)30枚以上」、すなわち、12,000字以上と下限が決められていますが、上限については指定がありません。つまり、12,000字以上であれば、何万字書いてもよいということになります。学会等が発行している紀要や論集などでも、「投稿規程」や「執筆要領」の中で、原稿種別(「原著論文」、「総説論文」、「研究ノート」など)ごとに文字数の下限や上限が指定されているのが一般的です。
とは言え、12,000字以上の文章というのは、学部の授業で提出が求められるレポートと比較すると、格段に長い文章だと感じることでしょう。「そんなに長い文章を自分が書けるかどうか」と心配する人もいるでしょう。多くの学生さんにとって、こんなに長い文章を執筆するのは生まれて此の方、これが初めてのことではないかと思います。しかし、いざ卒論を書き始めてみると、多くの場合、12,000字では収まらなくなってきます。この研究室のゼミ生の卒業論文の中で、12,000字程度で収まったものはなく、大半は3万字や4万字といった長さになっています。過去最長では約6万字に及んだものもありました。
ただし、「論文は長ければよい」とは言えませんし、「長い論文の方が評価が高くなる」わけでもありません。先行研究を丁寧に調べ上げたり、大掛かりなアンケート調査を行ったりすれば、自然と文字数も増え、内容的にも質の高い「論文」になることがあります。その一方で、同じような議論を何度も繰り返したり、多くの参考文献からの引用をただ繋ぎ合わせているだけであれば、文字数が多いからといって、質の高い論文にはなりません。このように文字数の多寡と「論文」としての優劣は比例しないのです。
逆に12,000字程度で「論文」を “コンパクトに” 書くためには、この「論文」で自分は「何を主張したいのか」あるいは「何を明らかにしたいのか」という「問い」を厳密に絞り込む必要があります。この「問い」が大きければ大きいほど、また抽象的であればあるほど、議論が多岐にわたり、多くを記述することになってしまい、結果的に文字数は多いものの、何を論じているのかわからないような「論文」になってしまいます。したがって、「問い」を小さく狭く、つまり “ピンポイント” で設定することが「論文」執筆の “コツ” と言えるでしょう。しかし、いろいろ文献を読んでいくと、また、資料がだんだん集まってくると、主張したいことや「問い」が増えていったり、今まで知らなかったことや興味深いデータをあれこれと紹介したくなってくるものです。そうなると、やはり「論文」はどんどん長くなっていきます。そうした「書きたい気持ち」を抑えて、厳選した「問い」に対する的確な「答え」の導出に集中することが、コンパクトな「論文」を執筆する上で大切です。
いずれにせよ、「12,000字」以上ということは、1冊の単行本になるような“大論文”を執筆することが求められているわけではないと、まずは安心して下さい。自分の問題関心の中核には何があるのか、自分が本当に調査したい対象とは何なのかを精査し、自分がもっとも主張したいことを明確にしていくことができれば、必要以上に長い「論文」を執筆することを回避できるでしょう。
4)「内容」に関する基準について
それでは本題である「基準」の話に入っていきましょう。まず、「論文」の「内容」に関してですが、この基準を数値で定量的に説明することはとても難しいことです。そこで、「論文」を審査する際の主な観点を例示して、「内容」の基準を説明してみましょう。
①論理性:論旨が首尾一貫しており、自ら設定した問いや仮説に対して妥当な結論が導かれていること。
②客観性:論述に際して、客観的な根拠やデータが提示されていること。
③批判性:研究対象とした事象や問題を批判的に分析し、読者に新たな課題や視点を提起していること。
これら3つの観点には、卒業論文であっても十分に留意する必要があるでしょう。さらに「論文」として高い評価を得るには、また、修士論文であればなおさら、次のような観点に配慮できるとよいでしょう。
④有用性:「論文」で取りあげた事象や問題に関連する今後の研究や実践にとって有用な知見や情報が提供されていること。
⑤独創性:学術研究としての独創的な知見や研究手法などを提示していること。
最後の2つの観点は、卒論の評価の基準というよりも、修論や博論での基準と考えてください。
5)「形式」に関する基準について
一口に「論文の形式」といっても、その「形式」にはいろいろありますが、ここでは学部生が卒業論文を執筆するにあたって遵守すべき最低限のこととして、①論文構成、②引用と出典表記、③文献表、④文章表現、そして、⑤執筆要領、の5つについて、次節で説明していくこととします。