今年もクリスマスが来て、お正月が来た。いくら暖冬だ暖冬だと言われても、クリスマスもお正月も他に行く所はないから、仕方なく来たのでなければ、申し訳なく来たに違いない。
最近、「サンタなんかいない」と信じて疑わない子どもが増えたという。クリスマスにかこつけて見栄を張る若者が増えたという。それなら、大人は一笑に付すなり一蹴すればいいのに、迎合して顔色を伺う大人が多いのはどうしたことか。
正月休みを海外で過ごす家族が増えたという。年賀状は虚礼だと言う大人が後を断たないという。それなら、やがて日本は元旦や賀正の意味も分からない子どもたちと大人たちとで溢れ返るだろう。
以前アメリカでクリスマスに居合わせた時、目には見えない華を観て、耳には聞こえない詩を聴いたことを覚えている。雪の降る聖夜に華と詩があって、日本のお正月に無いとすれば、それは不公平でなければ不愉快である。
近頃クリスマスとお正月が遠慮しながらやって来るのは、見えるものしか見てもらえず、聞こえるものしか聞いてくれないからではないかと常々同情している。「たいせつなことはね、目に見えないんだよ……」と言っている星の王子様の星には。クリスマスもお正月もきっと来ないに違いない。
(『JANICnews』No.8、1991年1月15日)
参考:サン=テグジュペリ『星の王子さま』訳:内藤濯、岩波少年文庫、1976年(第42刷改版)、142頁。