台風

 週末ごとに台風が接近し、運動会を待ちに待った子は落胆し、待ちに待たなかった子は心密かに狂喜したに違いない。勿論、各地で多数の方々が犠牲になり、甚大な被害に及んだことは誠にお気の毒であった。
 と、一方で言いながら、実は台風が東京都内に上陸しなかったことを残念に思っているのである。人命こそ大事だが、都内全域が一昼夜でも停電断水し、役所も会社もNGOも全て麻痺する位に、台風には大暴れを斯待したのである。
 私たち日本人、とりわけ都会の人開が自然に対する畏怖の念を忘れたのはいつのことだろう。これを失った時から、人間は自然を愚弄し始めたのではないか。
 「地球にやさしい方法」をどれほど身につけても、「エコグッズ」がどれほど開発されても、自然を畏怖する心が私たちに戻らない限り、自然破壊という愚行はとどまることを知らないのではないか。
 家から一歩も出られず、テレビも見られず、家族全員がロウソクの灯を囲んで、一夜でも台風の猛威におののけば、灯の暖かさや家族の有り難さにふと気付くことができたのではないか。そして、自然の驚異と命の尊厳にいくばくかの思いを馳せ、併せて「足るを知る」こともできたのではないか。
 こんな感傷をこの時期の多忙に紛らせながら、遠ざかる一連の台風を見送った。

(『JANICnews』No.10、1991年11月15日)