あてのなかった20代

 今あらためて振り返ると、大学入学後からNGO業界に職を得るまでの20代は、「何をやろう」とか「何になろう」という明確な目標があったわけではありませんでした。そういう意味では「あてのなかった20代」でした。しかし、自分できちんと計画を立てたわけでも、自分から判断して選び取ったわけでもないのに、自分の目の前にはいろいろな機会(チャンス)が巡ってきました。そうした機会からは目をそらさず、それには背を向けずに、後先のことは深く考えずに「まずはやるだけやってみよう」という20代でもありました。その結果、学生時代の「人との出会い」が出発点となり、その後のアメリカでの異文化体験や “最貧国” と呼ばれる国での異次元体験が、それぞれに意味を持ちながら現在に繋がっていることを実感しています。
 以下のページでは、「あてのなかった時代」をさらに5つの時代に区分して、東京での学生時代、卒業後のアフリカでの大使館時代のこと、そして、身の振り方が定まらなかったモラトリアムな時代について思い出せる記憶の範囲で紹介します。それぞれの時代には時間の長短や記憶の濃淡があるものの、いずれも大きな「学び」や「気づき」を得た時代であり、そうした時代を経たことがNGO業界に身を置く素地となったのではないかと思います。
 もちろん、今から30年以上も前の記憶を辿ってみても、今の若い人たちの参考にどれだけなるのか、はなはだ怪しいとは承知しているつもりです。しかし、今日までの道のりはけっして右肩上がりの単線的なものではなく、行きつ戻りつの右往左往であったこと、たまたま「狭き門」をくぐってみたら、その先には貴重な出会いや不思議な巡り合わせが待っていたこと、そして、「見つめる鍋は煮えない」ことや「捨てる神がいれば拾う神もいる」ことを伝えておいてもよいのではないかと思うのです。

1)<Essay①>YMCAとICYEで過ごした学生時代:1980年4月~1985年3月
2)<Essay②>在中央アフリカの日本大使館時代:1985年3月~1987年3月
3)<Essay③>2ヵ月間のグランドツーリスト時代:1987年3月~1987年5月
4)<Essay④>“セレンディップ”なモラトリアム時代 (Part 1):1987年6月~1987年12月
5)<Essay⑤>“セレンディップ”なモラトリアム時代 (Part 2):1988年1月~1988年5月

〔註〕上記の「Essay」の中で当時お世話になった方々が登場しますが、著作などを併せてご紹介している場合やすでに故人の方は実名で、それ以外の場合には氏名の一部を伏せ字またはイニシャルでご紹介していますことをお断りいたします。

地球のことば(28)

Another head hangs lowly,
Child is slowly taken.
And the violence caused such silence.

Who are we mistaken? 

But you see, it’s not me, it’s not my family.
In your head, in your head they are fighting,
With their tanks and their bombs, 
And their bombs and their guns. 
In your head, in your head, they are crying…

In your head, in your head, 
Zombie, zombie, zombie, hey, hey   
What’s in your head,

In your head,
Zombie, zombie, zombie, hey hey hey, oh

Another mother’s breakin’
Heart is taking over
When the violence causes silence,
We must be mistaken.

It’s the same old theme since nineteen-sixteen.
In your head, in your head they’re still fighting,
With their tanks and their bombs,
And their bombs and their guns.
In your head, in your head, they are dying…

(Chorus)

また一人 深くうなだれている
子どもが静かに息を引き取り
暴力が人びとから言葉を奪っていく
わたしたちは誰なの?どこで間違ってしまったの?

でもそうなったのは自分じゃないし家族でもない
頭の中ではいつも信じ込んでいる
戦車や爆弾や小銃を使って
殺し合っているのはあの人たち      
泣き叫んでいるのもあの人たちだと思い込んでいる


あなたの頭の中に住み着いているのは    
消そうとしても湧いてくるゾンビたち
いったい何を考えてるの?
あなたの頭から離れないものは    
血も涙もないゾンビなんじゃないの?

母親がまた一人 崩れ落ちていく
その心が引き継がれていく
暴力を前にして沈黙してしまうなら
それはわたしたちの間違い

1916年以来、同じことの繰り返し
頭の中で今でも信じ込んでいる
戦車や爆弾や小銃を使って
いまだに殺し合っているのはあの人たち
死んでいくのはあの人たちだと思い込んでいる


                  (仮訳:湯本浩之)

ドロレス・オリオーダン(Dolores O’Riordan アーティスト〔アイルランド〕 1971-2018)
Original Resource: D. O’Riordan, “Zombie”, The Cranberries, No Need To Argue, Islands Records, 1994.
出典:オリオーダン「ゾンビ」ザ・クランベリーズ『ノー・ニード・トゥ・アーギュ』アイランド・レコード、1995年。
Official Music Video: TheCranberriesTV♪ ‘Zombie‘ YouTube.

図1:アルバム『No Need To Argue』(1994年)

<コメント>
 1993年3月に英国北西部のチェシャー州ウォリントンで、アイルランド共和軍暫定派(PIRA)による爆弾テロ事件が、母の日を前に買い物客で賑わうショッピングセンターで発生。50名を越える負傷者を出したほかに、3歳と12歳の子どもの命が奪われた。本曲はこの事件後にアイルランド出身のロックバンド、ザ・クランベリーズ*1でリードボーカルを務めたドロレス・オリオーダンが抗議のために書き下ろしたものだという。
 重厚で陰鬱な曲調の中にあって、オリオーダンの聖歌のように透明感ある歌声が暴力への抵抗と平和への願いを力強くも明晰に聴く者に伝えている。しかし、そのメッセージはテロ事件を起こした首謀者や実行犯らだけに向けられているわけではないようだ。本曲の歌詞には「we」や「they」、「your」や「their」という代名詞が多く、文脈によっていくつもの解釈(“ダブルミーニングや“マルチミーニング”)が可能だろう。それだけに聴き手に解釈が委ねられている部分も多く、ひとつひとつの言葉に多くの意味や感情が込められている。こうした点が拳を振り上げるような直截的なプロテストソングとは一線に画している。実際、英語圏の聴き手たちの間でも、「曲名のZombieとは何のことか?」や「Who are we mistaken?」などの解釈をめぐって議論百出のようである*2
 第1ヴァース(Verse 1)を素直に聴けば、「うなだれている(hang lowly)」のはテロ事件で12歳の少年の命を奪われた母親の姿だろう。事件直後に意識不明の重体となったその少年は、5日後に生命維持装置を外されて「静かに亡くなった(slowly taken [dead])」という。同時に、自分の子どもが首謀者の元に徐々に引き込まれ(Child is slowly taken)、武装組織の兵士となっていく母親の嘆きを代弁しているともいえるだろう。また、第2ヴァース(Verse 2)の「もう一人の母親(another mother)」とは、事件当日に現場で命を落とした3歳の幼児の母親であり、この問題で過去に失われてきた多くの人びとの母親でもあるだろう。「その憎しみや悲しみの心(Heart)」は、時代や世代を超えて連鎖しており、そして今この母親に引き継がれようとしている(is taking over)。
 この事件に対して、本曲の作者は「(こんなことをしたのは)誰?(Who [did it?]?)」と首謀者を追及するとともに、「私たちは何者?(Who are we?)勘違いしてない?([Are we] Mistaken?)」と自問自答している。こうした悲惨な出来事を目の前にして、人びとが沈黙してしまうことに、作者は怒りや不安を覚えているのだろう。「暴力を前にして沈黙してしまうなら、それは私たちの間違い(When the violence causes silence, We must be mistaken)」だと呼びかけている。
 また、本曲の歌詞には「since nineteen-sixteen(1916年以来)」という現代の北アイルランド問題の起点となった「イースター蜂起」*3を連想させる符号が埋め込まれている。この符号が、古くは中世にまで遡る複雑な歴史的経緯の中で繰り返されてきた政治的宗教的な対立と武力による苛烈な闘争を聴き手に改めて想起させている。そうした上でオリオーダンはこの問題の当事者だけでなく、国内外の傍観者に対しても「What’s in your head?(いったい何を考えているの?)」と辛辣な「問い」を投げかけている。
 たとえば、本曲のサビ(chorus)の中で繰り返し歌われる「in your head, zombie…」とは誰の頭の中にゾンビが潜んでいると歌っているのだろう。もちろん、テロ事件を引き起こした暫定IRA軍の頭の中には人間性のかけらもない冷徹なゾンビが潜んでいる、と解釈することができる。その一方で、「But you see, it’s not me, it’s not my family」と、「(テロの犠牲となったり、爆弾を仕掛けたのは)私じゃないし、自分の家族でもない」と言い訳をして、この問題と距離を置こうとする多くの善良な人びとの無関心や自分では何もできないという無力感をゾンビに例えているのかも知れない。
 本曲は1994年のリリース後、欧米各国の音楽チャートで1位を獲得。2020年4月には本曲のミュージックビデオのYouTubeでの再生回数が10億回を突破したというニュースが流れた*4。ポップで耳障りがよいとはまったく言えず、激烈な政治的メッセージを発する本曲がこれほどまでの支持を集めてきた理由や背景を、日本いる私たちも理解しておいてもよいのではないだろうか。
 なお、テロ事件から2年後の1995年、事件で亡くなったティム・パリー君の両親であるコリン&ウェンディ・パリー夫妻は、紛争の犠牲者に対する支援と平和活動を目的とする財団(The Tim Parry Johnathan Ball Peace Foundation)を設立。本曲の作者のドロレス・オリオーダンは、2018年1月に滞在中のロンドンで急逝している。享年46歳だった。その日、オリオーダンはメタルバンドのバッド・ウルフズ(Bad Wolves)がカバーする「ゾンビ(Zombie)」の収録にヴォーカルとして参加する予定だったという。
 北アイルランド問題は1998年に「ベルファスト和平合意」が結ばれ、終息したかに思われたが、宗教的政治的な対立や分断が現在でも続いている。

<注>
*1 ザ・クランベーズのほかの代表曲には「ドリーム(Dream)」や「リンガー(Linger)」など軽快でポップな楽曲もあり、日本でもCM曲などに採用されている。本曲が収録されたアルバム『ノー・ニード・トゥー・アーギュ(No Need To Argue)』はザ・クランベリーズにとって2枚目のアルバム(1994年)である(図1)。
 ”Dreams,” Official Music Video: TheCranberriesTV♪ ‘Dream‘ YouTube
 ”Linger,” Official Music Video: TheCranberriesTV♪ ‘Linger‘ YouTube

*2 本稿では「Zombie」をこの問題の当事者や周囲の傍観者が頭から消し去ろうとしても、どこにでも立ち現れてくる「憎しみや悲しみ」、「無力感・徒労感」、あるいは「無関心・無気力」と解釈している。「Who are we mistaken?」は 文法的には「Who(m) are we mistaken (for by them)?」の省略形とも解釈できるし、「Who? Are we mistaken?」や「Who are we? Mistaken?」のように幾通りにも解釈が可能である。
*3 アイルランドは英国の植民地支配を長く受けてきたが、1916年のイースター(復活祭)の日に英国からの独立を求める共和主義の義勇軍や市民軍がダブリンで武装蜂起を決行。1週間で鎮圧されたが、1919年に始まる独立戦争を経て、アイルランドを英国から独立した「南」と英国に残留した「北」とに分断する新たな歴史を導くこととなった。 
*4 YouTubeでの10億回再生を達成したのは、20世紀に発表された楽曲としては本曲が6曲目。ほかの5曲は、ガンズ・アンド・ローゼズ(Guns N’ Roses)の「November Rain」(1991)と「Sweet Child O’ Mine」(1987)、クイーン(Queen)の「Bohemian Rhapsody」(1975)、ニルヴァーナ(Nirvana)の「Smells Like Teen Spirit」(1991)、そしてアーハ(A-ha)の「Take On Me」(1984)である。また、アイルランドのバンドやアーティストでは、U2やエンヤ(Enya)に先んじてクランベリーズが初めての達成となった。なお、北アイルランド紛争をテーマとした楽曲としては、ポリス(The Police)の「Invisible Sun」(1981年)やシンプルマインズ(Simple Minds)の「Belfast Child」(1985年)などがある。とくに、1972年の起きた「血の日曜日事件」については、ポール・マッカートニー(Paul McCartney & the Wings)の「アイルランドに平和を(Give Ireland Back to the Irish)」(1972年)やU2の「Sunday Bloody Sunday」(1983年)がある。

〔参考資料〕
 下司佳代子「クランベリーズのオリオーダンさん、死因は溺死」『朝日新聞デジタル』2018年9月7日。https://www.asahi.com/articles/ASL966J3QL96UHBI02J.html (最終閲覧日:2021年8月14日)  VOICE「重厚に心震わすバッド・ウルブズ『Zombie』、クランベリーズ ドロレスの魂継ぐ」『VOICE心に響く洋楽』2018年2月28日。https://www.voiceyougaku.com/bad-wolves-zombie/最終閲覧日:2021年8月14日
 BBC ”1993: Child killed in Warrington bomb attack,” BBC On This Day, 20 March 1993. Available at: http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/march/20/newsid_2544000/2544121.stm [Accessed: 14 Aug. 2021]

 BBC “Warrington IRA bomb 25th anniversary marked,” BBC News Online, 20 March 2018. Available at: https://www.bbc.com/news/av/uk-england-merseyside-43465409 [Accessed: 14 Aug. 2021]
 BBC “Belfast: Police attacked during another night of violence,” BBC News Online, 9 April 2021.Available at: https://www.bbc.com/news/uk-northern-ireland-56681472 [Accessed: 14 Aug. 2021]
 Glen Murphy, “The Cranberries’ Zombie music video hits 1 billion views on YouTube,” The Irish Times, Apr 18, 2020. Available at: https://www.irishtimes.com/culture/music/the-cranberries-zombie-music-video-hits-1-billion-views-on-youtube-1.4232616 [Accessed: 14 Aug. 2021]

(2021年8月14日)