論文では、研究内容そのものだけでなく、それをどのような文章で表現するかも重要です。どれほど興味深いテーマを扱っていても、文章が分かりにくかったり、用語や表記が不統一であったりすると、読み手は論旨を正確に理解することができません。論文の文章表現では、読みやすさ、正確さ、一貫性を意識しながら、自分の考えと根拠を明確に示すことが求められます。
① 論文にふさわしい文体で書く
論文の本文は、原則として「である調」で統一します。「ですます調」や会話体が混在すると、文章全体の印象が不安定になります。また、論文では、「やっぱり」「けっこう」「いろいろ」「ちゃんと」などの話し言葉(会話体)の表現は避け、論文にふさわしい客観的で正確な書き言葉(文章体)に置き換えます。
たとえば、「この問題はいろいろなところで見られる」ではなく、「この問題は、学校、地域、家庭など複数の場面で確認できる」のように、内容を具体的に示します。論文では、日常的な印象ではなく、何を、どの範囲で、どのように述べているのかが伝わる表現を選ぶことが大切です。
② 一文を長くしすぎない
論文では複雑な内容を扱うため、一文が長くなりがちです。しかし、一文のなかに多くの情報を詰め込みすぎると、主語と述語の関係や修飾と被修飾の関係などが分かりにくくなります。とくに、「~であり、~であり、~であるため、~と考えられる」のように、接続が続く文は注意が必要です。
文が長くなるようであれば、意味のまとまりごとに分けます。「一文一義」を意識し、まず何を述べるのかを明確にしてから、その理由や補足説明を続けると、読みやすい文章になります。文章を短くすることは、内容を単純化することではありません。むしろ、複雑な内容を正確に伝えるための工夫です。
③ 主語と述語の対応を明確にする
論文では、誰が、何が、どのような働きをしているのかを明確に書く必要があります。主語が不明確なまま「~と考えられる」「~が重要である」と書くと、誰の見解なのか、どの資料から導かれた判断なのかが曖昧になります。
また、主語と述語が離れすぎると、文の構造が崩れやすくなります。書き終えたあとに、「この文の主語は何か」「述語と対応しているか」を確認してください。とくに、修士論文では抽象的な概念を扱うことが多いため、文の構造を意識して整えることが重要です。
④ 指示語を多用しすぎない
「これ」「それ」「このようなこと」「その点」などの指示語は便利ですが、多用すると、何を指しているのかが分かりにくくなります。書き手には明らかでも、読み手には直前の文、前の段落、あるいは章全体の内容のどれを指しているのか判断できない場合があります。
指示語を使う場合は、その内容が直前の文脈から明確に分かるかを確認します。必要に応じて、「このようなこと」ではなく、「地域活動への参加経験」のように、具体的な語句で書き直すとよいでしょう。
⑤ 用語を一貫して使う
論文では、重要な用語の使い方を一貫させることが大切です。同じ対象を指しているのに、「子ども」「児童」「生徒」「若者」などの語を文脈に応じて曖昧に使い分けると、読み手はそれぞれが同じ意味なのか、異なる範囲を指すのか判断できません。
重要な概念や対象については、最初にその意味や範囲を確認し、論文全体を通してできるだけ同じ表現を用います。もし文脈によって使い分ける必要がある場合は、その違いを本文中で説明しておくことが望ましいです。
⑥ 表記のゆれを避ける
同じ言葉について、「子ども/子供/こども」「とくに/特に」「さまざま/様々」などの表記が混在すると、文章全体が粗く見えます。表記ゆれは、内容の誤りではありませんが、論文としての完成度や信頼感に影響します。
接続詞、副詞、形式名詞、補助動詞などは、ひらがなで書いた方が読みやすい場合が多くあります。たとえば、「更に」ではなく「さらに」、「~する時」ではなく「~するとき」、「~して行く」ではなく「~していく」のように、論文全体で表記をそろえるとよいでしょう。ただし、実質的な意味をもつ名詞や動詞として用いる場合は、漢字表記にします。
⑦ 数字・年号・数量の表記をそろえる
人数、回数、年数、ページ数、調査対象数など、数量を客観的に示す場合は、原則としてアラビア数字を用います。たとえば、「5人の学生」「12校」「24頁」「2025年」のように表記します。一方で、「一方で」「第一に」「一人ひとり」など、慣用的・概念的な表現では漢数字を用いる方が自然です。
また、1万以上の大きな数字を本文中で示す場合は、「10,000人」ではなく「1万人」のように、「万」「億」などの単位語を用いると読みやすくなります。ただし、表や統計資料では、必要に応じて「53,487人」のように桁区切りのカンマを用いてもかまいません。重要なのは、論文内で表記の方針が大きく揺れないようにすることです。
⑧ 句読点・括弧・記号を適切に用いる
日本語の論文では、原則として、全角の句読点や括弧や記号を用います。日本語の仮名や漢字には、もともと「半角文字」という言語上の区分があったわけではなく、「全角/半角」は、印刷物を作成する際の組版をはじめ、コンピュータ上の文字表示や文字コードの発達のなかで用いられるようになった区分です。そのため、日本語の論文のなかで半角の句読点や括弧や記号を混在させると、見た目が不揃いになり、読みにくくなることがあります。
具体的には、句点はマル「。」、読点はテン「、」を用いることを原則とします。ただし、紀要や学会誌などによっては、句点は全角ピリオド「.」、読点は全角カンマ「,」を指定している場合もあります。提出先の執筆要領がある場合は、それに従ってください。
括弧は、全角の丸括弧「( )」やカギ括弧「「 」」を基本として、使い分けます。丸括弧は補足説明、カギ括弧は引用、用語の強調、論文名や章題などを示す場合に用います。また、括弧には亀甲「〔 〕」やブラケット「[ ]」などがありますが、混在すると煩雑な印象を与えてしまいます。
英語のコロン「:」やセミコロン「;」やハイフン「-」などは、日本語の論文では、一部の例外を除いて原則として用いません。多くの場合、句点、読点、括弧、または「すなわち」「たとえば」「一方で」などの接続表現に置き換えることができます。英語のダッシュ「—」もそのまま多用すると、日本語として読みにくくなる場合があります。ダッシュを用いる場合は、日本語の長音符「ー」ではなく、二倍ダーシ「――」を用いることとします。
また、英語ではコロンを使って説明や列挙を導くことがありますが、日本語では「その理由として、AやBやCがあげられる」、「具体的には、AやBやCである」のように文章で表現した方が自然です。なお、日本語の論文でコロンを使う場合は、論題や文献名などの主題と副題を区切る際などに限られます。
いずれにせよ、半角の句読点や括弧や記号などを混在させると、見た目が不揃いになり、読みにくくなることがあります。また、括弧や記号に頼りすぎず、日本語の文章として意味が滑らかに伝わるように整えることが大切です。
⑨ 引用と本文を区別する
他者の文章をそのまま引用する場合は、自分の文章と明確に区別する必要があります。短い引用であれば本文中にカギ括弧を用いて示し、長い引用であれば段落引用として本文から独立させます。段落引用にする場合は、前後を空ける、各行の行頭は字下げをするなど、本文との違いが分かるようにします。
また、引用した箇所には、著者名、発行年、ページ数などの出典情報を必ず示します。引用文だけでなく、他者の考えを要約・参照した場合にも、出典を明記する必要があります。出典表記が不十分だと、盗用や剽窃と見なされるおそれがあるため、十分に注意してください。
引用についての詳細は、「2-3)『引用と出典と参考文献』について」を参照してください。
⑩ 書名・論文名・資料名の表記を整える
書名、論文名、報告書名、記事名などは、種類に応じて表記をそろえます。一般に、書籍名や報告書名は二重のカギ括弧(『』)、論文名、章題、記事名などは一重のカギ括弧(「」)で示すのが一般的です。
たとえば、書籍であれば『SDGsと開発教育』、論文であれば「開発教育における参加型学習の意義」のように表記します。外国語の文献名を原題のまま示す場合でも、日本語本文の中では、必要に応じて『』や「」を用いて整理します。
⑪ 固有名詞や略称を正確に書く
人名、団体名、地名、制度名、事業名などの固有名詞は、できるだけ正確に表記します。既存の定訳や一般的な表記がある場合は、それを確認して用います。たとえば、UNESCOは「ユネスコ」、UNICEFは「ユニセフ」のように、すでに日本語表記が定着しているものがあります。
また、SDGs、OECD、JICAなどの略称を用いる場合は、初出時に正式名称を示すと親切です。読み手がその略称を当然知っているとは限りません。専門分野以外の読者にも伝わるように、必要に応じて簡単な説明を加えることが大切です。
⑫ 段落ごとのまとまりを意識する
論文の段落は、単なる改行ではありません。一つの段落では、原則として一つの主題を扱います。新しい論点に移るときは段落を改め、同じ論点の説明が続く場合は、むやみに改行しないようにします。
各段落では、冒頭でその段落の中心となる内容を示し、そのあとに説明、根拠、具体例を続けると、読み手に論理の流れが伝わりやすくなります。反対に、一文ごとに改行すると、論理のまとまりが見えにくくなるため注意が必要です。
⑬ 根拠のない断定を避ける
論文では、「明らかである」「重要である」「問題である」といった断定表現を使う場合、その根拠を示す必要があります。根拠が示されていない断定は、書き手の印象や主観に見えてしまいます。
自分の考えを述べる場合は、「(私は)~だと思う」といった感想に近い表現はできるだけ避けます。「本稿では~と考える」のように筆者の立場を示す表現を用いることはできますが、その場合も、なぜそう考えるのかを根拠とともに説明することが大切です。たとえば、「以上の検討から、~と考えられる」、「調査結果は、~を示している」、「先行研究をふまえると、~と位置づけられる」のように、どの根拠にもとづく判断なのかが分かるように書きます。
また、論文では、「~すべきである」や「~しなければならない」といった強い主張を述べる場合にも、その根拠を丁寧に示す必要があります。強い表現を用いること自体が説得力を生むのではありません。客観的な根拠と論理を冷静に積み重ねていくことが、論文の説得力につながります。
⑭ 推敲によって文章を整える
論文の文章は、一度書いただけで完成するものではありません。書き終えたあとに、必ず読み返し、主語と述語が対応しているか、一文が長すぎないか、指示語が曖昧でないか、用語や表記が統一されているかなどを確認します。
また、引用や出典表記、数字の表記、固有名詞、書名・論文名の表記なども、最後にまとめて確認する必要があります。文章表現を整える作業は、単なる形式上の作業ではありません。自分の考えを正確に伝え、論文全体の信頼性を高めるための重要な作業です。